俺には長年にわたって付き合いのある友人がいる。友人というよりは、ソウルフレンドの方が関係を良く表しているかもしれない。
彼女は女性である。出会ったばかりのころは、お互いに気があり、会ってセックスしたりデートしたりした。それも昔の話だ。
今ではお互いのことをよく知ったソウルフレンドである。
彼女は、とにかく愚痴や文句、不平不満が多く、情動のコントロールをするのが苦手な人だった。いや、一線を越えて怒ってしまうと、情動のコントロールができなくなる人だった。
あいつが悪い、なぜ私がこんな目に会うのだ、親が悪い、会社が悪い、あいつが無能だ、あいつは学歴もない馬鹿だ、あいつはキチガイだ、私は頑張ってるのに報われない・・・
顔を紅潮させて、数十分にわたり汚い言葉を使って、暴言とともに怒りを履き散らかしまくる。ときに、話題に上がっている相手の人格否定や存在否定まがいの発言をしたり、脅迫・恫喝めいた発言をしたり、物に当たり散らかしたりした。俺に対して挑発的な行動をしてきたこともある。
俺は彼女と付き合いが長いからこそ、話を十分に聞いてあげたあとに、彼女がこれからどうするかを考えて前向きにアクションするように勇気づけをした。しかし、「そんなことは綺麗事だ!」「私が悪いのか!」とさらに激情させてしまうので、彼女とは徐々に距離をとるようになった。
彼女とのコミュニケーションに背を向けてしまったのだ。
俺は、愚痴や不満を言っても、一時的にはストレスが解消されるかもしれないが、現実は何一つ1ミリも変わっていないので、愚痴や不満を一切認めない方針で生きている。相手は変えられないので、自分はこれからどうするかを考えて生きるしかない。
愚痴というのは、最も安易で愚かで未熟な承認欲求の満たし方だと考えている。
しかし、彼女の愚痴というのは、常軌を逸しているように思えた。
なぜなら、あそこまで感情コントロールが制御不能になり、暴言か怒りをぶちまけるのは、何か病的なものを感じたからだ。
ストレスとなるきっかけがあって激情としても、あくまできっかけであって、根本的な原因は彼女の心の中にある病理ではないかと思ったのだ。
先般、以下の本を手にとった。そして、彼女は、「境界性パーソナリティ障害」だったのではないかと考えるに至った。
※本記事の多くは、本書から引用していることを申し添える。
1 境界性パーソナリティ障害とは
パーソナリティ障害は、大多数の人とは違う反応や行動をすることで本人が苦しんでいたり、周りが困っているケースに診断される精神疾患です。
認知(ものの捉え方や考え方)や感情、衝動コントロール、対人関係といった広い範囲のパーソナリティ機能の偏りから障害(問題)が生じるものです。注意したいのは、「性格が悪いこと」を意味するものではないということです。
厚生労働省 引用
俺たちには様々な個性があり、性格がある。前向き、陽気、几帳面、怒りっぽい、神経質、おおらか、飽きっぽいなど、性格を表す言葉は数え上げればキリがない。
それぞれ多種多様だが、一部分が極端に偏ったようになり、社会生活を送る上で自分も他人も苦しませてしまうようになる人がいる。
こうした人々のことを精神医学の分野では「パーソナリティ・ディスオーダー」「人格障害」と呼ぶ。
なかでも、気分の波が激しく感情が極めて不安定で、強いイライラ感が抑えきれなくなったりする症状をもつ人は「境界性人格障害」「境界性パーソナリティ障害」とも呼ばれる。
「境界性」という言葉は、「神経症」と「統合失調症」という2つの心の病気の境界にある症状を示すことに由来していて、「強いイライラ感」は神経症的な症状で、「現実が冷静に認識できない」という症状は統合失調症的だ。
アメリカのデータでは、一般人口の2%、精神科外来患者の11%、入院患者の19%が、境界性パーソナリティ障害の診断基準に該当するとされている。
日本も、その水準に近づきつつあるようで、年齢では若い人に多く、性別では女性に多い(男性の5倍)ようだ。
境界性パーソナリティ障害は、決して性格の問題ではない。「あの人は性格が悪いよね」では片付けられない。あるきっかけから「発症」する後天的な障害なのである。
境界性パーソナリティ障害は、その根本的な問題が、愛情や関心への強い飢餓体験に根ざしているので、親密で、相手との距離が縮まる恋愛や家族という文脈で露呈しやすい。
なので、距離感が遠い、仕事や友人の関係では露呈せず、距離感が近い、家族や恋愛の関係で目立つのだ。
外の世界ではしっかりしていると評価されている人が、家族や恋人の前では激しい感情を顕にする。
発症のプロセスとしては、過去の心的外傷体験(心が傷ついた体験)や不認証体験(自分を認めてもらえなかった体験)が再現するような状況に再び出くわしているという場合が多いとのことだ。
2 境界性パーソナリティ障害はどのようにして現れるのか
境界性パーソナリティ障害の最大の特徴は、変動の激しさである。
気分の面でも、対人関係や行動の面でも、自己のアイデンティティの面でも、短い間に揺れ動き、別人のように状態や方向性が変わってしまう。
しかも、まったく正反対の方向に、両極端に揺れ動くのが特徴で、二面性のように映る。
数分前まで楽しく過ごしていたはずが、些細なことからスイッチが入り、急に不機嫌になり、激しい怒りをむき出しにしたりする。
こうなるともう手がつけられず、周囲の人間は、突発的な暴風雨を耐え忍ぶしかない。
発症する年齢はさまざまで、中学生くらいでも発症するし、大人でも発症する。
年齢が若い頃に発症するのは、養育環境の問題である。また、年齢が上がってから表面化するのは、親の価値観に支配されすぎた「よい子」や「頑張り屋さん」であった傾向がある。
なお、境界性パーソナリティ障害の診断はどのようにされるのだろうか。
境界性パーソナリティ障害の診断基準としては、機械的な診断基準だが、アメリカ精神医学会の診断基準である「DSM‐Ⅳ」によるものが一般的とさせる。
DSM‐Ⅳでは、まず、パーソナリティ障害に該当するかどうかの全般的な診断基準がある。そして、各パーソナリティ障害のタイプごとの診断基準があるという二段構えになっている。
● 全般の診断基準の要点
①著しく偏った内的体験と、行動の持続的で柔軟性を欠いた様式が、生活の広い範囲に見られること
②そのため、生活に著しい支障や苦痛が生じていること
③それは、青年期または成人期早期から始まり、長期間(通常一年以上)続いていること
④それは、他の精神障害や薬物、心的外傷によってのみ起きるものではないこと
さらに、以下9項目のうち、5項目以上に該当することが診断の要件とされる。
診断基準がわかったところで、実際のパーソナリティ障害の特徴を見ていこう。
①見捨てられることに対する不安が強い
見捨てられることに対して、強い不安を抱く。
この不安は親しくなった瞬間から始まり、親密さが増し、頼るようになればなるほど、増すことになる。
見捨てられることへの恐れが強いため、まだ裏切られても拒否されてもいないのに、何も言われてもないのに、先読みして、そう思い込み、過剰な反応をすることが珍しくない。
②対人関係が両極端で不安定
対人関係の変動が激しい。
期待はずれのことが起きたり、自分の思い通りにならないことがあったりすると、急に裏切られたような気持ちになり、すべてが耐え難いものに思える。
些細なことでも、要求が満たされないと、罵詈雑言を浴びせ、相手をこき下ろし、全否定する言い方に豹変することもある。
③めまぐるしく気分が変わる
気分がよく、希望が感じられ、何事も楽観的で前向きに考えられるときと、最悪の気分で、すべてがダメに思えるときの差が大きく、めまぐるしく入れ替わる。
④怒りや感情のブレーキがきかない
とても傷つきやすく、傷つけられたことに対して過剰な反応を起こしやすい。
感情のブレーキが利きにくく、些細なことで腹を立てたり、癇癪を起こしたり、激しい怒りに囚われやすい。
家族や恋人などの、親しく、甘えられる相手ほど、そうしたことが起きやすい。親しい人、依存している人、甘えを許してくれる人に対してだけ、出現しやすいのが特徴である。
本人自身もそこまで言うつもりはないとわかっていても、傷つけられたり、目先のことで怒りを覚えると、止められなくなってしまう。自分を守ろうとして、あるいは、わかってもらえないという苛立ちから居丈高になったり、攻撃的になってしまいやすい。
俺のソウルフレンドはこの特徴が顕著だ。
それ以外にも以下の特徴がある。
⑤自殺企図や自傷行為を繰り返す
⑥自己を損なう行為に耽溺する
⑦心に絶えず空虚感を抱いている
⑧自分が何者であるかがわからない
⑨一時的に記憶が飛んだり、精神病に似た状態になる
こうした状態の変動性と多様さが、境界性パーソナリティ障害の特徴でもあり、理解が難しく、ただの気まぐれやわがままではないかといった誤解を生む要因ともなってきた。
次回のブログでは、境界性パーソナリティ障害の相手に対して、我々はどう向き合っていくべきかを書いていきたい。
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