今日は短い内容の個人的なコラム(ポエム)である。




先日、既存のアラツー女子とディナーに行ってきた。


若い子は心が擦れておらず、ちょっとした冗談でも良く笑ってくれ、安いお店でも美味しいとごはんを食べてくれるので、とても居心地が良い。


変にプレッシャーを感じずに一緒に過ごせるのが若い子の魅力だと思う。



美味しいごはんを食べ、一緒にビールを飲み、セックスをして、ベットでまったりして、そんなときに彼女が嬉しそうな顔をしてこう言った。


「ありがとうございます、とても素敵な良い休日になりました」


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俺は、この言葉を聞いて、今まで出会った女性の言葉を思い出した。


アポ負けしてしまい、ゴールできなかったが、ジム子とブリティッシュパブで食事をした時、「本当に素敵な時間をありがとう。」と言われたこと。


LTRとなって長く深い関係になり、別れてしまったアパレル子と日本料理を食べてセックスして、「一緒に過ごせて本当に幸せ。明日からまた仕事がんばれる。ありがとう。」と言われたこと。


関係を持った女性から、「私の憧れです、好きです。」「出会って、今とっても幸せです。」とメッセージをもらったこと。


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俺と一緒に過ごしてくれた相手に喜んでもらえる、楽しんでもらえる、上機嫌になってもらえる、ポジティブになってもらえる、これはとても嬉しいことだ。


自分が楽しんで結果として相手が楽しんでくれるのではなくて、相手が楽しんでくれてそれでいて自分も楽しめるような恋愛の方が幸福度が高いなと思う。


思えば、今までは恋愛工学の教えにのっとり、合理的なアプローチをとり続けてきた。
無駄をそぎ落とし、シンプルに研ぎ澄まされたトークやSフェーズシフトでセックスを刈り取る。


そして、経験人数が積みあがっていく。


しかし、最近では、俺は、セックスできる非モテ、経験人数だけが積みあがっていくだけの非モテから脱却し、人間としてモテる男となって劣等感を払拭し心の闇を晴らすために、非生産・無駄活動に注力している。


恋愛工学的な合理マシーン型アプローチから、「相手がどう考えるか」を軸とした対人間アプローチにシフトしつつある。



これは、8月から私淑しているヨン氏のツイート・noteに強く影響を受けている。
非生産・無駄な行動をするだけで、人間としての面白さが増した実感は間違いなくあるし、ここ最近の自分のマインドの変化には自分も驚いている。









非生産・無駄な行動をするとともに、やるべきことは「相手がどう考えるか」「自分だったらどう思うか」を常に考えることだ。


アスペルガー症候群の俺にはとても大変なことだし、正直やりたくない。今での人生でずっと避けてきたことだ。


だからリアルの世界では友達がいないし、社会に上手く馴染めてこなかった。


しかし、俺は、男からも女からもモテる人間になりたいし、美女とセックスしたい。


そのためには、自分がやりたいこと、実現したいことのために、やりたくないこともやり続けなければいけないのだ。



そのための仕事だと思って、やるべき仕事として、「相手がどう考えるか」「自分だったらどう思うか」を常に考える。


正直、俺はやりたくない。だが、やらないとずっとセックスできる非モテのままなのだ。
それは嫌だから、やりたくないけどやるしかない。


やりたくないけど、日サロに行って身体を焦がす。
やりたくないけど、オールして酒飲んで騒ぎ倒す。


また、美女とセックスすることがゴール設定だとしても、自分がナンパするのが楽しいから声をかけするのでは活動に限界があると思う。


ナンパが楽しくなくなってしまったり、気分が向かないときは、活動をしなくなってしまうからだ。


美女とセックスすることがゴール設定だとしても、相手を楽しませるための「仕事」だと思って取り組めば、泣きごと言わず、モチベーションに左右されず、活動することができると思う。


楽しもうというスタンスだと、美女に声かけるのは怖い、逆3でいくのは怖い、だから辞めとこうとその時の気分に左右されるし、活動が安定しない。


ゴールに到達するために、「美女を楽しまなければいけない」「逆3でも声をかけて楽しませなければいけない」という仕事・業務・課題のような捉え方をすれば、声をかけざるをえない。




自分が実現したいことのため、やりたくないけれどやらなければならない仕事としてやる。




それは、美女を喜ばせること。美女に雄として感謝されること。


それができれば、俺は本当に自分のコンプレックスと決別できると思う。